誰もが尊重されるスポーツ環境とは何か:データと当事者の声から見つめ直す「声なき声」 アジア大会(名古屋2026)
「スポーツは人を育てる」。「厳しさを乗り越えてこそ強くなれる」 。――こうした物語は疑われることなく信じられてきたのではないか。グラウンドで汗を流し、理不尽とも言える叱責に耐え、泥まみれになって勝利を目指す。そうした‘スポ根“的なアスリートの姿がイメージされ、ときには感動を覚えてきた。勝利至上主義、根性論、そして「強い精神力(メンタルタフネス)」という言葉。それらは日本のスポーツ界において、疑う余地のない価値観として君臨してきたとも言える。
実際、体を動かせば、生きづらさが解消する、という意見を持つ人もいないわけではない。しかし、その裏側で、どれだけの若者が、アスリートが、心身をすり減らし、声を押し殺してきたのだろうか。それがスポーツから離れる要因にもなり、ときには生きづらさを抱き、自殺に至るケースもある。
アジア45の国と地域が参加する「アジア競技大会(愛知・名古屋2026)が9月19日に開幕した。国際理解や相互交流、平和促進としても注目されるものの、スポーツはハラスメントやメンタルヘルスの問題も深刻になっている。そこで「プライドハウス東京」は20日、名古屋市内で「スポーツ・多様性・社会を考える アジア対話フォーラム」を開催した。
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