京都・南丹市の行方不明になった小学生男児はどこへ?過去のケースを考える。事件か家出か

2026年3月23日。京都府南丹市の静かな町で、安達結希(ゆき)さんが行方不明となった。すでに20日が経った。いったい、結希さんはどこでどうしているのだろうか。年間の行方不明者受理件数は約9万人弱。そのうち10代は約1万7000人。その多くは1週間以内に発見されるのだが…
渋井哲也 2026.04.11
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路上の引力が変容した30年

 家出や失踪といえば、新宿・歌舞伎町。この街のネオンの下には、いつの時代も「ここではないどこか」を求めて辿り着いた少年少女たちの影があった。1990年代後半から2000年代前半にかけて、私は夜の歌舞伎町を歩き、家出少女たちの声を拾い続けていた。当時の彼女たちは、テレクラやツーショットダイヤル、出会い喫茶、ナンパ待ちなどの手段でいわば「援助交際」をし、家出を続けていた。ときには公衆電話のテレホンカードを握りしめ、数少ない知人を頼り、あるいは行きずりの大人に「夜の寝床」を委ねる。また、夕方に街に現れ、ナンパをし、夕食をご馳走になる。そこには物理的な孤独と、隣り合わせの暴力が剥き出しで存在していた。

 それから20年余りが過ぎ、時代は2010年代後半、舞台は「トー横」と呼ばれる新宿東宝ビル周辺へと移り変わった。そこに集う少年少女たちの手にあるのは、かつてのテレホンカードではなく、スマートフォンだった。SNSで緩やかに繋がり、記号化されたコミュニティの中で、「界隈」と呼ばれる中で、絶望を共有していた。 「家出」はもはや孤独な逃走ではなく、ネット上の座標を目指す「合流」へと変質した。しかし、彼らが抱えるだろう、生きづらさの本質は、家庭や学校という密室からの脱出と、社会への静かな抗議であり、驚くほど変わっていない。

トー横周辺(撮影:渋井哲也)

トー横周辺(撮影:渋井哲也)

 歌舞伎町の路地裏で震えていた少女も、トー横でストロング缶を煽る少年少女も、みな一様に「透明な不在」を抱えている。彼らの足取りが警察の「行方不明統計」に刻まれるとき、そこには語られない膨大な物語が埋もれている。

“白昼”で起きた京都・南丹市の行方不明事案の「空白」

 2026年3月23日。京都府南丹市の静かな町で行方不明事案が起きた。事件なのか事故なのか、自発的な消失なのか、まだはっきりしたことがわかっていない。しかし、この事案は、「日常」というシステムの脆弱さを残酷なまでに突きつけた。

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