「バイスタンダーや犯罪被害者のフォロー態勢を」秋葉原事件当日、偶然居合わせ、救急措置をした西村博章さん
2008年6月8日の秋葉原の通り魔事件の発生から18年が経つ。事件発生時刻の12時30分すぎ、秋葉原の現場付近では毎年、花が手向けられていた。以前から比べると、手を合わせる人の数が減ってきている。事件当日、偶然居合わせた西村博章さんは、毎年のように現場付近を訪れ、事件のことを振り返っている。
――秋葉原事件の発生から18年目ですが、現場付近に連続して来るのは?

18年前の秋葉原事件の現場付近(撮影:渋井哲也)
連続して(現場付近に)来るのは多分10回目ぐらいですね。事件から発生から6年間は PTSD(心的外傷後ストレス障害)の病状が重すぎて、現場に立ち入ることができませんでした。その後、治療がうまく進んだので、(現場付近に)来られるようになったのです。1回か2回ちょっと来られない時あったんですけど、それ以外はほぼ、来ています。
――今は大丈夫ですか?
今は大丈夫です。ただ、呼吸がやっぱ、り若干いつもより息がしづらいなとか、ちょっとちょっと肌感覚がざわざわざわする感じはありますけども、それでも意識を失って倒れるとか、そういうことはないので、なんとかそれは気持ちを持って乗り越えて乗り越えてというか、頑張ってそれと向き合いながら現場に立っているという状況になります。
――普段は秋葉原には来ない?
絶対来ないです。この時だけですね。友達と待ち合わせで、「秋葉原を待ち合わせにしたい」と言われても、他の場所にしてくださいとお願いして変えてもらってまいす。
――今この場に立って何か思い出すことはどんなことですか?
現場で救命処置に当たらせていただいた時の、すごく騒然とした感覚とか、現場で感じた肌感覚とか、あと、血液に触れた感覚とか、手の甲に心臓マッサージをした時の感覚が、やっぱり時々、自分の意思に反して、瞬間的に蘇る時あるんです。ただしっかり気を持って、今は6月4日、秋葉原事件の発生日ですが、2008年ではないと認識しながら対応しています。
――事件で処置をした後に PTSD 発症して生活が変わったと思うんですが、どんな風に変わりましたか?
まず日常生活の支障があることがたくさん出ました。例えば、簡単な家事の順序立てとか、物事の順序立てがすごく難しくなりました。長い文章を書くのがすごく苦手になってしまいました。会話は正常にできますが、文章がしっかり書けないという症状が出ました。あとは、倦怠感が強くて動けないとか…。事件から16年ぐらいまではかなり頻繁にあり、実際、大学院の研究にもすごく支障をきたしました。しかし、ここ1,2年は軽減し、日常生活に支障が出ることもかなり減りました。