「『死にたい』と言えなくなった少年へ――ある若者の自殺と、探し続けた居場所」
警察庁の自殺統計によると、日本全体の自殺者数が過去最少になった2025年。1998年から2011年まで、全体の自殺者数は3万人台になっていた。それが25年には2万人を下回った。一方、児童生徒の自殺者数は増加傾向で、小中高生は538人になった。
そうした若年層の自殺について、筆者が取材するようになったのは1998年。偶然にも日本の自殺者数が3万人台になった年だった。その頃、取材をした中で、2000年代前半に自殺で亡くなった男性がいる。タクヤ(仮名、20代)だ。最初に出会ったのは高校3年のときだ。そのタクヤの命日を迎えた7月、この記事を書いている。
「これまで自分をアダルト・チルドレンだとは考えてこなかったどころか、その言葉自体も知らなかったが、インターネットでたまたま見つけて考えるようになったんです」
タクヤはあるとき、そう思った。
アダルト・チルドレン(AC)というのは医学的な診断名ではない。虐待があったり、アルコール依存症の家族がいるなど、機能不全家族で自身が育ったことで、周囲との不適応を起こしているという自認の概念だ。特徴としては、自信がない、ノーと言えない。周囲を気にし過ぎる。世話役を演じるなど。
「自分だけは……変なのではないか? 他人からの同情欲しさだったり、同情を愛情に置き換えてしまっていたり。そんな自分が嫌だったり、します」
インターネットで知った「AC」という言葉
私はタクヤとインターネットを介して知り合ったが、実際に会うことになるまで、事前にこんなやりとりをしていた。その後、JR上野駅公園口改札付近で待ち合わせたのだが、時間になっても、タクヤらしき人物が見当たらない。後ろを振り返ってみると、そこにいた。
インターネットを始めたのは高校一年の夏から。好きなマンガ家のホームページ(HP)のチェックや情報検索に使っていたが、あるHPで「AC」という言葉を見つけた。それを読んだタクヤは、「あー、としか言えないくらいのショックでした」と語った。つまり、「AC」という言葉を、自分に重ねることができた。

上野公園の噴水(撮影:渋井哲也)
「(ACという言葉には)新鮮な感じと、カルチャーショックを受けました。もっと知りたいと思いました。僕は何かあると、壁を殴ったりするような自傷行為とか、破壊衝動とか。同情してもらいたい気持ちもあるんです」
タクヤは、感情がうまくコントロールできない自分に気がついていく。理由は、愛情を自分でコントロールしたいという感情の裏返しだ。愛情を十分に与えられ、満足に甘えられた経験がなかった。さらに話を聞いていくと、家族との関係や、友人関係がからみ合っているように感じる。表現力の問題も大きいようだ。
「自己表現力がないんです。どもっているのわかります? 小学校のときは話せなくて。それで笑われたりしたんで、キレてしまって……。それで『あいつは乱暴だ』って見られたりしたんです」
どもりの背景にあった父親からの虐待
うまく話せないということが、自信喪失の裏側にあるようにみえる。私は、ゆっくり答えを待った。
「僕が何もしていなくても怒られるんです。相手(父親)が呆れるぐらい、解放されるまで黙っているんです」
焦りや吃りの背景には、父親との関係があったようだ。父親からの身体的虐待=暴力もあった。
「小学校のころ、僕が物を投げたり、口答えをすると、父に玄関の外に出されるとか、殴られたりしました。父は話を聞かないタイプ。だから、黙っていればぶたれないかなって思っていたんです。口答えをして、言い返せないと父は『うるさい!』というだけ。父とはまともな会話はしていないんです」
このような父親との機能不全の関係が、ACである自分自身を形成することにつながっていく。まともな会話ができないと思ったタクヤは、中学のころから話さなくなった。ただ、「僕のことは理解してほしい」という気持ちも同時にある。