【東日本大震災から15年】釜石の子どもたちの避難行動。‘奇跡’と呼ばれたものは、防災教育の「軌跡」だった。
東日本大震災から2026年3月11日で15年が経った。当時の取材メモなどをもとに、当時のことを振り返った。その中でも筆者が気にしていた一つは、岩手県釜石市の子どもたちの避難行動である。一時期、生存率が高かったために、「釜石の奇跡」と呼ばれていた。現在では「釜石の出来事」とされているものだ。
渋井哲也
2026.03.11
サポートメンバー限定
2011年3月11日14時46分。宮城県牡鹿半島沖を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。最大震度は7(宮城県栗原市)。復興庁によると、26年2月1日現在、東北3県の死者は1万5834人が亡くなり、2515人が行方不明、震災関連死は3754人となっている。

鵜住居地区防災センターの時計。津波襲来の時間帯で止まっている(12年3月11日、撮影:渋井哲也)
その中でも<釜石の奇跡>と呼ばれていたものがある。岩手県釜石市内の小中学生の99.8パーセントが生存した。こうした、子どもたちの津波避難行動は、いつしかそう呼ばれるようになった。